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物価安定のために比例代表制は廃止してしまった方が身のため⓶

比例代表がない英国

写真:川北町のフリー写真素材より

日本や欧州の多くの国とは異なり、英国の下院選挙においては比例代表制が採用されておらず、すべての議席が完全な小選挙区制によって争われる。この制度の下では、選挙における勝者が圧倒的な議席を獲得しやすく、一見すると極端な民意の反映に見えることもあるが、その反面、「政策決定におけるすべての責任を与党が100%負う」という明確なガバナンス構造が確立されている。過半数を握る与党は言い訳の余地なく全権を掌握するが、それゆえに失政に対する代償も極めて大きい。

民主主義の手続きを経て選ばれた首相であっても、経済的合理性を無視した財源なき積極財政や大衆迎合的な政策を行おうとすれば、国際金融市場からの即座かつ冷徹な「粛清」を受けることになる。
前述したリズ・トラス元首相による「トラス・ショック」の際の為替市場の反応はその典型であり、英ポンドの価値は瞬く間に暴落し、対ドルでパリティ(等価)寸前にまで追い込まれた。英国は紅茶をはじめとする多くの生活物資や食品を輸入に依存しているため、ポンド安は直ちに急激な物価高騰となって国民の日常生活を直撃した。

さらに、ロンドンをはじめとする主要都市のインフラストラクチャーは、水道がヴェオリア、ガスがエンジーといったフランス系をはじめとする外国資本の企業によって運営されているケースが多く、通貨価値の下落はインフラ利用料金の爆発的な高騰に直結する。
このように外国資本に生活基盤を握られた構造下において通貨安が進めば、国民の不満は一気に爆発する。
民主主義における「選挙の1票」が投じられる周期に比べれば、為替市場や債券市場における「1円・1ドル・1ポンド」の流動スピードはまさに光速である。
現代の金融市場はAIによる高頻度アルゴリズム取引が主流であり、ナノ秒単位の速度で国家の信用が値付けされ、売り浴びせが行われる。
この市場の粛清スピードの前では、政治的な手続きなど遅鈍な亀に等しい。
英国保守党がトラス氏を瞬時に引きずり下ろさざるを得なかったのは、市場による制裁が国民生活を破滅させる前に防衛措置をとる必要があったからである。

財政ポピュリズムの台頭

比例代表制の弊害によってネット政党や財政ポピュリズムが台頭する現象は、決して日本特有の課題ではなく、むしろ欧州のユーロ圏諸国においてより顕著かつ深刻な形で表面化している。比例代表制を強固に維持しているドイツやオランダといった国々では、既存の既得権益層を激しく批判し、安易な財政出動や減税、あるいは極端なナショナリズムを煽るポピュリズム政党が劇的な躍進を遂げている。日本の新興政党が展開している独善的なネット戦略やワンテーマ政治的手法は、これら欧州の先行事例を精緻にトレースしたのではないかとさえ指摘されている。

具体的な事例として、ドイツにおける「ドイツのための選択肢(AfD)」や、オランダの「自由党(PVV)」が挙げられる。これらの政党は、反移民や欧州連合(EU)批判を掲げる一方で、経済政策においては国民の歓心を買うための反緊縮・減税、そして手厚い社会保障の拡充を同時に主張する典型的な財政ポピュリズムの傾向を持つ。さらに注目すべきは、ユーロ圏において左派・右派の文脈を問わず「現代貨幣理論(MMT)」に極めて近い主張、すなわち「政府の債務は自国通貨建てである限り破綻せず財政赤字を恐れる必要はない」という論理を展開する政党が一定の勢力を確保している点である。
フランスの左派ポピュリズム政党「不服従のフランス(LFI)」などは、緊縮財政の打破と巨額の公共投資を強く求めており、その根底にある財政観はMMTの主張と強く共鳴している。

欧州のユーロ圏諸国において辛うじて物価の破滅的な暴走が抑えられているのは、各国が独自に中央銀行をコントロールして通貨を無制限に増刷することができないという「ユーロ共通通貨体制」という物理的な枠組みが存在するからである。欧州中央銀行(ECB)が全体の通貨供給量を管理しているため、一国のポピュリズム政党が政権を取ったとしても、即座に歯止めのないハイパーインフレを引き起こすことは制度的に難しい。
しかし、日本のように単一の国家が独自の通貨(円)を発行し、中央銀行を事実上の政府の番頭のように扱える環境においては、ひとたび財政規律のタガが外れてしまえば、通貨供給量の増大に伴う物価上昇をコントロールする手段は存在しなくなる。欧州諸国でも比例代表制がもたらす政局の不安定化や小党乱立の弊害を重く見て、選挙制度の改革や参入障壁(阻止条項)の引き上げが常に議論の遡上に載せられており、新興勢力がそれに激しく抵抗する構図もまた、日本と完全に一致しているのである。

通貨の信用を守るために比例制を廃止すべし

なぜ比例代表制はこれほどまでにポピュリズムを加速させやすいのだろうか。その最大の要因は、制度自体が「極端な意見を持つ少数の集団」に対して、その声の大きさに比例した議席と政治的影響力を安易に与えてしまう点にある。
小選挙区制においては、過半数の支持を得るために穏健で現実的な政策への収斂(中央回帰)が求められるのに対し、比例代表制(特に拘束名簿式や全国一区の要素が強いシステム)では、社会の数パーセントに過ぎない過激な支持層を熱狂させ続けるだけで議席を確保できてしまう。
この構造が、ネット空間のアルゴリズム(炎上や確証バイアス)と極めて高い親和性を持ち、社会の分断と過激な財政論を温存・拡大させる温床となっている。

また、比例代表制は責任の所在を極めて曖昧にする。
多数の小政党が連立を組むことが常態化するため、政策が失敗した際に「連立相手のせいで本来の政策が実現できなかった」という言い訳が成り立ちやすく、有権者による厳格な政策評価や落選運動が機能しにくくなる。結果として、誰も最終的な責任を取らないまま、国民の受けが良い「減税」や「給付」といったポピュリズム政策だけが競合的にエスカレートしていくという悪循環に陥る。

日本が今後、適正な財政管理を行い、国際的な通貨信用を維持していくためには、諸悪の根源となっている比例代表制を大胆に見直し、段階的な廃止や縮小へ向かうことが不可欠な大前提となる。
無責任な言説で大衆を煽るネット政党や利害関係のみで動く極端な政治勢力を制度的に排除しなければ、遠からず日本の財政規律は完全に瓦解するであろう。
もしこのまま利便性と多様性の名の下に比例代表制を温存し続けるならば、市場からの信頼を失った日本円は、光速で動く国際金融トレードの売り浴びせによって容赦なく粛清されることになる。
選挙における1票が政治を変えるスピードよりも、為替市場が国家の価値を暴落させ、減税のメリットをインフレで完全に打ち消すスピードの方が、遥かに速いという冷酷な現実を、我々は今一度直視しなければならない

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憲法改正は9条より29条を争点にすべきだ

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憲法   2026/07/11   センチュリー・大橋

物価安定のために比例代表制は廃止してしまった方が身のため⓵

コンビニおにぎり200円の時代へ

インターネットの普及に伴い、既存の主要政党とは異なる独自の支持基盤を持つ「ネット政党」や「デジタルポピュリズム政党」が急速に勢力を拡大している。日本において比例代表制の実質的な廃止や縮小が議論される際、ネット上で激しい反対運動が巻き起こる背景には、こうした新興政党が比例代表という選挙制度に深く依存しているという現実がある。国会論戦において参政党をはじめとする諸派の議員がこの方針に強く反発している様子は、比例代表制の変更がいかに彼らの死活問題であるかを物語っている。

近年のポピュリズム政策を牽引するネット政党の多くに共通する特徴は、国家の財政規律を軽視し、何かにつけて国債を財源に充てようとする極端な積極財政論である。一見すると国民の負担を軽減するかのように聞こえる「財源なき減税」や「無限の貨幣供給」といった主張は、ネット空間の強いエコーチェンバー現象を通じて急速に拡散し、支持を集めていく。しかし、このような政策がもたらす経済的帰結は極めて明白である。
無秩序な通貨供給は紙幣の価値を必然的に下落させ、外国為替市場における自国通貨安を招き、最終的には物価の高騰という形で国民生活に跳ね返ってくる。

生活実感としての物価高は既に深刻なレベルに達している。
例えば、コンビニエンスストアで販売されている一般的なおにぎりの価格を振り返ると、かつては110円程度で購入できたツナおにぎりが、現在では200円近くにまで高騰している。
この約10年間における価格推移は、消費税の税率に換算すれば数十パーセントもの増税に匹敵する負担増であり、国民の購買力が毎年確実に削られてきたことを示している。
このような構造的インフレの背景には、利便性を追求するネット社会の裏側で進行する、財政ポピュリズムの影が存在しているのである。

財源なき積極財政

通常、明確な財源の裏付けを持たない減税や巨額の財政出動を強行すれば、国際金融市場における通貨の信用は一気に崩壊し、その国の通貨は容赦なく叩き売られることになる。現在の外国為替市場における深刻な円安水準は、日本という国が備えるべき長期的な財政規律に対し、国際的な金融市場が厳しい不信任を突きつけていることの証左にほかならない。主要通貨に対して歴史的な安値を更新し続ける現状は、国家の購買力が急速に衰退している惨状を表している。

英国の事例を引くと、かつて財源なき大規模減税を打ち出したトラス政権は、金融市場の激しい拒絶反応に直面し、わずか数十日で退陣に追い込まれた。
対照的に、日本においては同様の財源なき積極財政や減税論を標榜する高市政権が既に9ヶ月以上も継続しており、その間にも円の購買力はジワジワと侵食され続けている。それにもかかわらず政権交代や内閣総辞職といった決定的な政治的リセットがかからない背景には、一度社会に定着してしまった減税ポピュリズムの波を止めることが極めて困難であるという病理が存在する。
自民党側から見れば、保守系新興政党やネット政党に流出した過激な支持層を呼び戻すための防波堤として現政権を利用せざるを得ないという側面もある。

少数政党の乱立と立憲と公明の合流

さらに、政権の交代や刷新を阻むもう一つの大きな要因となっているのが、比例代表制の存在によって引き起こされる野党の過度な乱立構造である。
比例代表制は、組織力や地域基盤を持たない新興のネット政党にとって極めて有利なシステムとして機能する。
かつて「れいわ新選組」が初期の選挙戦略において、制度上の隙を突く形で効率的に議席を獲得した手法は、いわば「比例代表制の構造的脆弱性」を利用したものであった。現在の参政党なども基本的にはこの戦略を踏襲しており、ネット上で声の大きい少数の熱狂的支持層を集約できれば、比較的容易に国政への足がかりを得られる仕組みになっている。
その結果、野党陣営は細分化されてまとまりを欠き、与党側の失政があっても政権を脅かす強力な対立軸が形成されにくいという、与党側に有利な膠着状態が生み出されている。

日本の野党共闘における近年の最大の構造変化は、公明党が長年続けた自民党との連立を解消し、立憲民主党との合流へ舵を切ったことであろう。
しかし、この劇的な再編は、かつての保守的なリベラル層や立憲支持者から強い失望と不信感を買う結果となった。
公明党の本質が宗教政党である以上、この合流は政治的信条の野合であるとの批判を免れないからである。
本来、自民党と旧統一教会との癒着や不透明な関係を厳しく糾弾するためには、批判を行う野党の側が宗教的影響力から完全にクリーンであり、中立の立場を維持していなければ説得力を持たない。

本来、近代国家における政治の本質とは、特定の宗教的ドグマや教義から完全に独立したものであるべきである。政治運営はどこまでも客観的な事実、検証可能なデータ、そして合理的な科学的プロセス「のみ」に基づいて遂行されなければならない。
感情的な世論や組織票の論理によって政策が歪められることは、国家の長期的な利益を損なうことにつながる。

したがって、立憲民主党と公明党という異質な勢力が再び分離し、それぞれの立ち位置を明確にしない限り、野党第1党を中心とする陣営が国民からの広範な信用を回復することは不可能な情勢である。
この野党側の混迷と自己矛盾こそが、結果として現行の政権運営に対する牽制機能を麻痺させ、長期的な政権維持を許す最大の要因として作用しているのである。

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  2026/07/11   センチュリー・大橋

憲法改正は9条ではなく29条と84条を争点に考えるべきだ⓶

では財産権の保証はどう行うのか小舞子海岸:フリー写真素材

写真:白山市のフリー写真素材より

憲法改正は9条より9条以外の方が影響力が大きいのであるが、影響が大きくなるであろう権利の1つが財産権である。
例えば現行憲法29条は財産権に対して「国家であっても犯してはいけないもの」と定義されている。
では改正憲法はどのようになるのかと言えば、国家に保証されるものに変わるのである。

問題は「どのように保証されるのか」ということである。
品質保証であればISO9001を取得したり、設計から出荷までの一連のプロセスを作り込むことによって品質を保証していくのであるが、国家による財産権の保証とは何なのか。

品質保証の世界であれば品質表の展開(QFD)によって定義されるが、国家による財産権保証とは一体どんなプロセスで保証されるのかが不透明である。
また、改正憲法29条の2項はただし公益及び公の秩序のために法律で制限できると言う[免責事項]もセットで存在している。
果たして日本政府が債務危機に陥った場合、国民の持つ資産は公の秩序の為に制限されないと言えるであろうか。
甚だ疑問である。

財産税の反省に立っている

現在の日本国憲法29条は1946年に行われた預金封鎖、1947年に施行された財産税の反省を受けて作られている。
憲法29条と関わりの深い法律が赤字国債を禁じた財政法4条であるが、これも預金封鎖⇨財産税/デノミネーションと言った当時の反省に立ったものだ。
少なくともアベノミクス以降から見る積極財政政策から、当時の預金封鎖や財産税に対する反省は見受けられない。

政府の財政が悪化した国ほどMMTのような楽観財政論が隆盛を極めるのも歴史的に繰り返されたことである。
18世紀フランスのジョン・ローシステム、ヴァイマル共和国における中央銀行の国債無制限引受、2000年代のジンバブエやベネズエラなど「自国には通貨発行権があるから問題ない」と言う楽観説は何度も繰り返されてきた。
その末路は全て破綻と言う結末を迎えている。

現在のMMTも同様である。
そもそもMMTにはインフレ制約があり、提唱者であるケルトン教授は財政規律を無視した人ではなく、インフレが始まったら課税や財政調整は必要と考えていた。
2022年からはインフレ時代に突入しており、正に課税や財政調整が必要な時期である。
岸田政権などはインフレ時代に於ける無責任な積極財政は良しとはしていなかったが、高市政権はアベノミクスを継承した積極財政を行いたい願望が強い。
その結果として構造的な円安が続き、財務省が為替介入を行なっても円売りは粘着している。

マイナンバーを巡る動き⇨預金封鎖の再来は起こり得る

少なくとも1950年〜2020年までの日本では、預金封鎖を行うための壁は幾重もあった。
現在においても財産税は実質的に難しいが、実際に1946年の預金封鎖や1947年の財産税を行うために必要なのは「国民資産の正確な把握」である。
現代に於いてこの点についてはマイナンバー制度で、ある程度の資金の動きを把握することは可能だ。

2021年から銀行口座や証券口座へのマイナンバー紐付けが求められるようになり、現在に至っては暗号通貨の口座にもマイナンバー紐付けが必要となっている。
また、財産税を現在の憲法下で実施するのは難しいものの、憲法改正後も同じことが言えるとは限らない。

まして改正憲法で焦点になるものは公共の福祉(みんなの幸せ)ではなく「公の秩序」である。
「自国建て通貨は破綻しない」
この行先は歴史的に見て破綻すると言う点は同じだ。
「今回は違う」
これも毎回言われてきた。
その行く末は大増税、通貨リセットである。
少なくとも憲法改正に於いて本当に争点にすべきは9条ではない。
29条にこそ焦点を当て、資産の防衛を考慮すべきである。

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現行日本国憲法は世論の暴走からも国民を守る仕組みである

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  2026/05/18   センチュリー・大橋

憲法改正は9条ではなく29条と84条を争点に考えるべきだ⓵

9条しか話題に出ない

高市政権になってからというものの憲法改正の議論は極めて盛んになってきた。
既に衆議院に関しては自民党圧勝状態であるが、衆参全体で見ても改憲勢力が多数派を占めており、憲法改正の準備は着々と進んでいると見て良いだろう。
高市政権の支持率が高いこともあり、憲法改正の議論は円滑に進みやすいと考えられる。
言わずもがな、憲法改正絡みで語られるのは、ほぼ9条に特化されていると言って良い。

9条以外で話題に出るのは緊急事態宣言であるが、ネットやワイドショーを賑わすのは決まって9条である。

9条「以外」の方が影響力が大きい

そもそも何故9条ばかりがクローズアップされるのかと言えば、敗戦後のレジームの象徴だったから、と言う部分が大きい。
これを自衛隊明記によって「堂々と戦力保持しよう」と言うことが憲法改正議論の大きな注目点になっている。

しかし、国民生活を鑑みれば、実は9条「以外」の方が影響力は大きいのである。

9条以外で出ている論点には高等教育無償化以外にも家族主義が導入される。
家族が助け合うことと定義されると、例えばDV夫、引きこもり倅、口うるさい姑とも助け合わなければならないと言うことになる。
各法律は憲法の下に紐付くのであるから、理論上、離婚を制限する法律を作ることも可能だ。
連帯保証人制度や扶養義務など、日本の商習慣には家族が存在することを前提としたものが存在するが、憲法として家族性を明記されることは、家族ガチャの重要度が上がってしまうことになる。

大日本帝国憲法下で行われた預金封鎖と財産税

憲法は9条「以外」の改正の方が影響力が大きいことは財産権に関しても然りである。
過去に日本では預金封鎖と財産税が課された歴史があるが、その当時は大日本帝国憲法下にあった。
具体的には1946年2月17日から1948年7月21日の2年半で、また、この措置に合わせて新円への切替が行われ、旧日銀券は使用不可となった。

現行憲法では理論上、預金封鎖を行うことこそは可能であるものの、財産税を施行することは容易ではない。
現行憲法における財産権は国家であっても犯してはならないこと、憲法は国家権力を縛るためのものであるからだ。

改正憲法29条は現状の自民党改憲案では財産権は国家が保証するものとなっている。
国家であっても犯してはならない領域から国家が保証することに変わるのである。
尤も、国家が国民に財産権を保証できるとしたら、健全財政が運営されていなければならない。

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現行日本国憲法は世論の暴走からも国民を守る仕組みである

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憲法   2026/05/12   センチュリー・大橋

「ワクチン接種しない奴は反社」/「ヤバいコロナ脳…狂ってる」同一人物の発言⓶

「ヤバいコロナ脳…狂ってる」

「ワクチン接種しない奴は反社」
即ちワクチン接種をしなかった人間は暴力団と同じであると言い放った堀江貴文だが、2020年の秋には尾道の四一餃子へ行った際、マスク着用を巡り、店主とトラブルになっている。
その時の発言を抜粋しよう。

〈「ウチはマスクしてないと入店できないんです」の一点張りで話が先に進まない。そしたら店主らしき人が出てきて「ホリエモンか?」とかいきなり言われて、同じ話をしたら「面倒くさいんで入店しないでくれ!」とピシャリ。マジやばいコロナ脳。狂ってる〉

〈とにかく来店時さえマスクをつけて黙っていろってスタンスなんだろうけど、別にマスク着用を拒否してるわけでもなく、ルールの厳しさを聞こうと思ってるだけなのに超失礼な対応されて怒りに震えてる。なんかピーチの飛行機の中でマスク拒否して飛行機降ろされた人じゃないけど、そろそろこのマスク原理主義なんとかならんもんかね。社会がギスギスしてる〉

自身はワクチン原理主義になった

「ヤバいコロナ脳…狂ってる」と他人に言い放った男が、同じ口で「ワクチン接種しない奴は反社」と言い放ったのである。少なくとも2020年段階では、マスクをせずに入店を強行しようとしたことの方が、よっぽど世間から見れば反社に映ったことだろう(尤も堀江自身はマスクをしていたが)。
もちろんマスクが強要される社会は息苦しいものであるし、夏場のマスクは熱中症リスクが上がるなど、負の面も大きい。そういう意味で、マスク原理主義はなんとかならないかと言うのは、わからないでもない。

しかし、同じ口でワクチンを接種しない人間は反社と呼んでいる。
これでは単にワクチン原理主義に染まっているだけである。
新型コロナウイルスは変異スピードが速く、ワクチンを接種するのであれば、定期的な接種が必要になるであろう。
ワクチンも間もなく4回目接種が始まると思われるが、4回目ともなると敬遠する声は少しずつ見られるようにもなっている。

コロナ禍の中で堀江は「同調圧力に屈するな」という旨の本を書いているが、今や見事に同調圧力をかける側に回った。
国が変わればワクチン接種を義務付けした国もあるが、日本では憲法の関係から、義務化は出来ないと考えられる。日本のワクチン接種はあくまで「権利」であり、ワクチンを接種する権利も接種しない権利も認められていると考える方が、日本の法治的な観点から見れば、正解に近いだろう。

ワクチンを接種しない=反社ということは無い

言うまでもなく、ワクチンを接種しなかったからと言って暴力団と同等に扱われるような言われは無い。
日本国憲法では全ての国民は個人として尊重され、生存権も認められている。
ワクチンは接種する権利も接種しない権利もあるだけの話であり、接種するもしないも権利を行使しているだけである。

ワクチンを接種するのが正しいか正しくないかは、これは後の歴史に判明することであり、今を生きる我々に出来るのは過去の歴史や科学的見地などから意見を集め、個々に「判断する」ことのみである。
日本はコロナ禍が始まってからロックダウンは一度もしていない。緊急事態宣言などで都道府県を跨ぐ移動はしないでくれと言う要望はあったが、それは従わないことも可能であった。従った人間の方が多いと思われるが、緊急事態宣言期間中でも旅行は可能であった。
「政府が言うのだから従わねばならない」と言う考えも出来るが、逆に「こんな時だからこそ旅行して金を使わなねばならない」と考えることもまた、可能だったのである。

尤も、堀江貴文はかなり沸点の低い人物であり、インスタの自身の投稿に「野菜食べてますか?」とコメントが付いただけで、猛烈に激怒した人間でもある。
そうした意味では深く相手にしないのが一番であるが、自身がマスク着用(強要)を巡って四一餃子と揉めておきながら、ワクチンを人に強要した挙句、法治主義を否定すると言うのは、何とも皮肉な展開としか言いようがない。
「ワクチンを打たない奴は反社」
「ヤバいコロナ脳…狂ってる!」
これは同一人物による発言なのだ。

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  2022/07/27   センチュリー・大橋

「ワクチン接種しない奴は反社」/「ヤバいコロナ脳…狂ってる」同一人物の発言⓵

新型コロナワクチンの接種率において日本は既に3回目接種を済ませた人間が62%程度おり、ワクチン接種先進国と言っても良いのが現状である。
1回も接種していない人口の割合は僅か8%しかいないが、それでも13人に1人程度は未接種者であり、40人の生徒が集まる教室なら3人程度は未接種者がいると言うことになる。

そんな中、未接種者であるCEOセオ氏がワクチン未接種者であると言うことがわかると、堀江貴文は激怒して業務契約を打ち切り、しまいには反社会勢力であると言われたようである。

コロナ脳狂ってる/反ワクは反社

餃子店と揉めた堀江貴文

ワクチンを巡ってCEOセオ氏と揉めた堀江貴文だが、過去にはマスクを巡って餃子店と揉めたことがある。
マスクの着用を求めていた四一餃子は、マスクの着用を巡り堀江貴文と口論となり(堀江の同伴者がマスク未着用のため)、苦情が押し寄せたことによって、店主の妻が対人恐怖症に陥り、店舗は休業においこまれてしまった。

そして、堀江が行った暴言は次の通りである。
「マジやばいコロナ脳。狂ってる」
「ひどい店だな。害悪でしかない」
こう言い放った人間が「ワクチンを接種しない人間は反社会的勢力である」という趣旨の発言であるから、随分と態度が違うものである。

四一餃子とのトラブルも解決していない様子

店側としては「来て欲しくない客」を選ぶことも出来る。
公共交通機関にもマナーが存在するように、飲食店とて店側が客側に守って欲しいマナーを設定することが可能だ。マナーを守れない客へはサービス提供を拒否することも出来る。
CEOセオ氏と堀江貴文がどんな契約を交わしていたかはわからないが、どうしても合わなそうだと思えば、堀江がセオ氏との契約を解消したとして、問題は無いだろう。
しかし、ワクチンを接種しないことによって「反社会勢力」扱いするのは些か危険では無かろうか。
少なくとも日本はコロナワクチン接種を強制はしていない。つまるところ接種しなかったとして、何ら違法なことはしていないのである。

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  2022/07/24   センチュリー・大橋

海乱鬼が名誉棄損で刑事告訴するとのこと:海乱鬼は本名なのか?

自分は過去に脅迫行為…

海乱鬼:デマや誤情報を恐れずどんどん発信してください
デマや誤情報を恐れず発信する者は恐るべき者であり、怖いもの知らずである。
そんな恐れを抱かぬものは時に脅迫行為を行うのもお手の物なのかもしれない。

「津田や大村、嶋田のやった事は謝って済む問題じゃないからな。覚悟も無く、銭や体裁の為に反日拗らせた延長でふざけた展示をして、日本国の象徴である天皇陛下を左翼どもとつるんで笑い者にしたんだからな。貴様ら、この先日本で表を歩ける身分じゃないぞ。日本から叩き出してやるから覚悟しとけ。」

とはこの男(?)、海乱鬼の過去に行ったツイートである(エビデンス)。
そんな男がこの度、名誉棄損や誹謗中傷をされたとして、刑事告訴をするようだ。
既にTwitter社から電話番号とメールアドレスは開示されたとのことだが、何でも「裁判に勝利して」電話番号とメールアドレスが開示されたらしい。

海乱鬼の名前で告訴するのか?

ところでこの男の海乱鬼というネームだが、韓国語で「恐ろしい日本人」を意味する言葉のようである。中国のスマホゲーム「原神」でも海乱鬼というキャラクターが登場するが、ともあれ海乱鬼という名前はハンドルネームであると本人も明言している。
「そもそも匿名で名誉棄損が成立するのか」という疑問がある。
匿名による名誉棄損成立事件としてニフティサーブ事件は引き合いに出されるが、ニフティサーブは接続IDがどこでも表示されたもので、完全匿名のサービスではない。今のTwitter等と比べれば、個人特定は容易であったということである。
となれば、この人物が「海乱鬼」という名前で告訴するということだが、少なくとも刑事告訴は告訴する本人も警察や検察には実名で告訴状を出さねばならない。
海乱鬼という名前が実名ならともかく、本人は匿名と言い切っているので、本名は別にあるということである。

どこかで本人の身元が割れたのか?

通常であれば、ハンドルネームに対する名誉棄損と言うのはまぁ認められない。ニフティサーブは公開されているIDを通して個人特定が容易であったから、Twitterとは前提が異なる。
では何故に海乱鬼が訴訟や刑事告訴できるというのか。
考えられる最大のケースとして「他のSNSなどを通して本人の身元が割れた」ということである。
最近はLinkedinなどを通しての採用活動も盛んであるし、或いはFacebookなどをやっていたのかも知れない。
今や10万フォロワーもいる人物だから、素性を探る人間が居たとしても不思議では無いだろう。
「相手のツイートと此方のやり方次第」という言葉の裏には、恐らく海乱鬼の元に自分の素性を知る人間が出たということが考えられる。
名誉棄損に於いて重視されることは「その棄損行為によってアバターでない現実(実名)の自分がどれだけ社会的な損害(風評被害等)を受けるのか」ということである。
よって海乱鬼がハンドルネーム:海乱鬼ではなく、実名:●■▲の生活に於いて周囲の評判を悪化させ、損害を被ったことが立証出来れば、名誉棄損も成立するであろう。

Dappiを提訴してみたら衝撃の事実が発覚

よい仕事をさせてないーそりゃ社員だって盗みも働くさ

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刑法   2022/03/30   センチュリー・大橋
タグ:刑法 , 脅迫罪

どうやら日本国憲法は世論の暴走からも国民を守る仕組みのようだ⓵

報道されない開戦の背景
再び見られる全体主義が日本を覆う時

写真:長崎市のフリー写真素材より

ロシアがウクライナに侵攻する前の段階では、既にウクライナには極右勢力が一定の力を持っていた。
少なくとも2021年の秋頃にはかなりロシアを挑発していたし、公安調査庁でもウクライナで「アゾフ大隊」なる極右組織が紛争に参加していることは把握していた。
しかし、日本ではロシア侵攻による開戦の背景というのはキチンと考察され、それが放送されると言うことは殆ど無い。
侵攻を仕掛けたプーチンに非があることは当然であるが、だからとてウクライナが潔白であるわけでもない。この戦争は実に複雑な経緯で始まっているのである。
そして日本にも沖縄と本土で民族が変わるように、ウクライナとて一枚岩ではない。我々は露宇紛争の背景と言うのを知らないまま、勧善懲悪の世界で論争をしているとも言えよう。

再び見られる日本の全体主義化

今回の露宇戦争で見られる危険な兆候として、ロシア憎しのあまりに日本の世論まで全体主義が広まっている点だ。有り体に言えば「安倍政権時代に右と左に分かれて対立していた人間が同じ方向を向いて世論を扇動している」ということであろう。
露宇戦争に関するツイートだけを見て与党支持者か野党支持者かを見分けるのは、今はほぼ不可能になった。唯一識別が付きやすいのは山本太郎の支持者くらいなものである。
ロシア憎しの余りに「ロシアを叩け」と、右も左もただ一つ、正義の為にウクライナを支援し、或いはロシアを叩かんとする姿勢は全体主義そのものである。
こうして日本が再び全体主義化していく要因は大雑把に挙げて5つある。

①日本には西側(ウクライナ寄り)の情報しか報道されない
②失われた30年による構造的な不況
③収まる気配のないコロナ禍
④日露間にある歴史的対立
⑤日本人のマスメディア依存気質

平成の間はナリを潜めていたが、少なくとも明治~昭和時代に於いて、日露間は緊張した関係が長く続いた国である。
これに加えて実質的にアメリカの家来である日本は、独自の視点を持つことが出来ず、ただただCNNやBBCのニュースを垂れ流すだけになってしまった。
CNNやBBCはロシアのスプートニクと大して変わらないような存在であり、当然ながら彼らには彼らの思惑がある。今の米露がどのような関係であり、彼らにどんな思惑があるかを疑ってかかればCNNにもBBCにも、それこそスプートニクだろうが鵜呑みにしてはならないと判る。
ところが日本はマスメディアへの信頼度は高く、特にテレビと言う「降ってくるニュース」に対しては無防備なところがある。更に構造的な不況や収束しないコロナ禍などで平和の有難みなどと言うのは実感し辛くなっていることに、抱え込んだ鬱憤を外部に向けて発散したい状態が出来上がっているとも言えそうである。

地獄(戦争)への道は善意(正義)によって舗装されている

そもそもプーチンはどのようにして戦争を始めたのであろうか。
少なくとも我々はロシア国内に於いて、プーチンの始めた戦争がどのように報道されているのかを知らない。同時に、戦前にゼレンスキーが何をしていたのかさえ、大半の日本人は知らないのだ。
ただし、今の日本で報道されている光景はウクライナを絶対善とし、ロシアを絶対悪とした二極論構造となっている。
一方で、戦前にゼレンスキーは親露派のいる地域へドローン攻撃を仕掛け、極右勢力の勢いがついていたことは残念ながら事実である。
BBCニュースですら、2012年の段階でウクライナでネオナチズムが浸透していることを報道していた。それはロシアによるウクライナ侵攻開始と同時に、パッタリと報道されなくなったのである。

民衆と言うのは解り易さを求めるものであるが、ある意味でマスコミへの信頼度が高い日本人の場合、それは顕著かもしれない。
善悪の二元論は大変解り易く、ロシア=悪であり、ウクライナ=善という二元論によってのみマスメディアでは報道されているということである。
何のことは無い、西側には西側の意図があり、ロシアにはロシア側の意図があるだけの話なのだが、この辺りの報道の読み方(見方)と発信者の意図の詠み方は身に付いている国民は少ないのであろう。
ウクライナの善を信じ、ロシア制裁強化、対露強硬論を訴える人間は善良な人間であり、或いは純粋な人間なのかもしれない。ある意味で、地獄(戦争)への道のりは善意で舗装されているようなものである。

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憲法   2022/03/26   センチュリー・大橋
タグ:戦争

どうやら日本国憲法は世論の暴走からも国民を守る仕組みのようだ⓶

現行憲法でなければ日本も戦争していた可能性
荒川沖に止まっていたタンカー

写真:長崎市のフリー写真素材より

厳密に言えば、日本はロシアへの経済制裁に参加した時点で、ロシアとの戦争状態に突入している。
一歩間違えれば、いつロシアから攻撃を受けても可笑しくないのが今の日本である。
振返れば韓国との間で哨戒機レーダー照射事件が起こった時、日本では日韓開戦の機運は高まっていた。恐らく韓国でも同じような状態であったであろう。
もし1発でもどちらかが弾丸を飛ばし、或いは相手を撃墜した段階で戦争は始まる。
結局のところ、双方う撃ち合うことなく終わったが為に戦争へと発展することは無かったが、令和の日露関係は日本がロシアへの経済制裁に参加する形式で戦争状態に突入することとなった。
哨戒機レーダー照射事件と対露制裁における空気感の違いを言うと、哨戒機レーダー照射事件では左派グループは韓国を擁護していたし、日本は当事者であったから、戦争世論が強まるのも些か無理もないことではあった。
元よりレーダー照射事件以前から日韓関係の悪化が進んだ中でのレーダー照射事件であることも、戦争世論が強まる要因ではある。
尤も、両国がアメリカに首根っこを掴まれていること、そもそも駆逐艦と哨戒機では勝負にさえならないという点から哨戒機は退避行動を取ったことの2点は戦争回避材料でもあった。勿論、例え誤射であったとしても、当時の「広開土大王」がシースパロー1発でも発射してしまえば、戦争に突入する危険性は高かったのである。
一方、露宇戦争に関しては、日本は当事者ですらないし、ウクライナとロシアの複雑な関係を理解しているわけではない。この状況の中で右派左派ともに「ロシアを叩け」と全体主義化しているのである。日本はロシアとの間に北方領土問題を抱えていることもあり、もし憲法が現行の通りになっていなかった場合、北方領土を取り戻すことも兼ねて「ウクライナを支援するため」に、東側からロシアへ侵攻していたかも知れない。

憲法改正議論が盛んだが…

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、憲法改正議論が盛んになって来ている。
「ウクライナみたいに他国から侵攻されないために強い軍隊を持てる憲法を作ろう」ということであろう。
「憲法9条は他国の侵略から身を守れるものじゃない」と言えば「その通りです」というだけである。
尤も、憲法9条で規定しているのは「こちらから他国に侵攻はしません」というものであるから、そもそも「ウクライナのようにならないために9条改正が必要だ」というのは論点が違う。
一方、例えばレーダー照射事件に於いて「広開土大王」が1発でもシースパローを撃ち、それによって自衛隊哨戒機が撃墜されてしまった場合、これは憲法9条があろうと無かろうと関係なく、日本にとっては「自衛のため」として韓国と戦争をする大義名分を得るであろう(それをアメリカが許すかは別問題であるが)。
そして現状況に於いても、ロシアと日本が交戦するためには、まず日本が先にロシアの攻撃を受けている状態でなければならない。言うまでもなく、日本から敵地に攻め入るなど論外なのである。
しかし、考えようによっては、今の状況下においてこそ、憲法9条は結果的に日本国民の命を守っているということも考えられる。
現行憲法は全般的に「国民の権利を守る仕組み」になっているが、一方で「世論(民主主義)の暴走からも国民を守る」という作りになっているからだ。

憲法9条が「自分達の正義の暴走」から自分達を守っている

憲法の持つ国民を守る機能については、堀新弁護士の「憲法は民主主義「を」守るだけでなく民主主義「から」個人を守るものでもある件」に詳しいため、そちらを参照いただきたい。
少なくとも今現在において、日露間では一発の銃弾の撃ち合いも行われていないことから、両国間の戦闘は何とか回避出来ている。憲法9条のある日本に於いて、ロシアから1発の銃弾も撃たれることなくロシアと交戦することは出来ない。これは結果的に日本人自身を守っていると言える。
岸田内閣は「いかなる理由でもウクライナに行ってくれるな」と言ったのも、日本人義勇兵がロシア兵を撃った末に、北海道で自衛隊とロシアの交戦に発展するのは避けたかったためでもある。
少なくともロシアはいイザとなったら核ミサイルを使うであろう。故に出来るだけ事を構えないのが正解である。
GHQの押し付け憲法と言われる現行法だが、少なくとも作成に関わった当時の人間は「戦争が全体主義から起こる」ことを、身をもって学習している。先人の経験が反映されているのだ。
それが70年の時を経て、今この時代にこそ、憲法9条があることで結果的に「日本人の正義の暴走から日本人自身を守っている」という、そんな状況に見えるのは気のせいであろうか?
それほどには、ロシア憎しで右派も左派も全体主義化しているのである。

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憲法   2020/01/18   センチュリー・大橋
タグ:戦争

津田大介氏に脅迫か?!「日本から叩き出すから覚悟しろ!」

あいちトリエンナーレ2019における表現の不自由展では、いささか過激な展示が行われており、税金で開催されるイベントとしてはいかがなものかという声が多い。
10億円の税金を投入して開催される以上、来場者が気持ちよく帰れるイベントでなければならないのは至極当然であり、そうした意味で表現の不自由展が批判されるのは必然のことと言えよう。
一方、憲法21条の2において「
検閲は、これをしてはならない。」と定められている以上、表現の不自由展の展示を事前に検閲し、出展禁止にすることは不可能であり、同時にこうした憲法の約束事があるからこそ表現の自由が担保されているということでもある。
表現の不自由展は開催中止となったが、そんな中、Twitter上でも津田大輔氏に対する暴行の予告が行われていた。

魚拓

刑法222条では、脅迫罪の構成要件に『害悪の告知』というものがある。
2018年の春頃、杉田水脈議員がTwitter上で脅迫を受けたとして犯人は逮捕されたが、今回のこのケースも似たような問題ツイートになるのではないかと考えられる。

リプライの反応

相手を畏怖させる目的が充分に見られるツイートである

まずどの辺がアウトな表現なのか見てみよう。
・貴様ら、この先日本で表を歩ける身分じゃないぞ。
・日本から叩き出してやるから
・覚悟しとけ
津田大介氏は身元がわかっているわけだが、この見事な三段活用は充分に生命や身体、自由に危害を加える目的があると見られる発言だ。
もちろん脅迫罪は親告罪であるから、津田大介氏が告訴状を提出するか否かは津田氏次第なのであるが、何せ「そのようなヘイト活動を続けていると娘さんが危ないかもしれませんよ」と言われた杉田議員が実際に発言者を告訴し、犯人が逮捕されているのだから、内容としてはほぼ同じようなものである。
そこに政治思想というのは問うべきものではないだろう。

なお、本件に関し、脅迫の構成要素を満たしうるか掘弁護士に問い合わせたところ、次の回答を得られた。

「相手の書いている内容がやや抽象的ですが、ガソリン脅迫のあった後と言うことを踏まえるなら、畏怖させるに足りる害悪の告知と解釈することはできるので、告訴する意義はあると思います。」

とのことであった。
加えて小栗夏生弁護士にも確認いただいたが、やはり「アウトではないか。脅迫罪になりそうです。」という回答をいただいている。
先日、京都アニメーションであった悲劇の後での「ガソリン缶を持っていく」という脅迫があったことが表現の不自由展中止の原因となっている。
そこを踏まえれば、津田氏を畏怖させるのに充分な内容と言えるだろう。

【刑法第222条】

生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

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刑法   2019/08/05   センチュリー・大橋