移民がいなければ回らない
写真:津山市のフリー写真素材より
移民を巡る問題は少なくない国で直面しているが、少なくとも全ての国で同じように問題が起きているわけではない。
加えて日本人の出生率を2.07に上げようとしても、現状では極めて難しい。
出生率は増加どころか減少の一途を辿っており、かねてより叫ばれていた物流2024年問題も対策が間に合うことなく、ヤマト運輸は路線便長距離ドライバーにベトナム人を教育•採用をせざるを得ない状況になった。
この状況に対して「日本人を雇え!」であるとか「ヤマトはもう使わない!」などの怒りが散見されるが、そもそも日本人を雇えないから外国人に頼らざるを得ないことが原因であるため、怒りの方向性は完全にズレているとしか言えない。
既に移民がいなければ供給能力の確保が難しい状態に直面しており、移民と共生しないと言う選択肢は無いと言うことが日本の置かれている現状である。
移民が日本人の仕事を奪うと言う観念
移民反対の声で多く見られるものの1つが「移民が日本人の仕事を奪う」と言うものであるが、移民が日本で就労するためには言語の壁、文化の壁、制度の壁を乗り越えなければならない。
移民の受け入れについては「高度スキル持ちに限定すべきだ」との声はあるが、そうした高度スキル人材と言うのは、概ねアメリカやカナダを目指してしまうであろう。
元より、高度スキルの外国人が日本で就業するとして、そうした高度スキル外国人の命令に日本人が従いたいと思えるかは業務上と言えど、甚だ疑問である。
移民が日本人の仕事を奪うと言うのが真として、本当に問題なのは外国人に仕事を奪われる日本人の方では無いか。
そもそも日本での就労に於いてハンディキャップを抱えるのは日本人ではなく、外国人である。
様々な要件から日本でのハンディキャップは外国人が多く背負うことから、彼らにロースキル案件が当てがわれるのは何ら不自然ではなく、寧ろ彼らと同じ土俵で働く日本人の方に問題があるのだ。
日本人こそが高度スキルを身につけるべき
「高度スキルを持った外国人のみ受け入れる」ではなく、日本人こそが高度スキル化することである。
少なくとも外国人労働者がロースキルであってもエッセンシャルな仕事を担う一方で、日本人が高スキルワークを行なっていれば、概ね棲み分けはできていたはずだ。
日本は30年間経済成長していない国となっているが、その要因の1つには日本人の高スキル化が進まなかったことは要因として挙げねばなるまい。
少なからず日本人は自らの民族性は勤勉であると感じていると思われるが、実態としてはさして勤勉でもない。
元より現在外国人が作業しているものは少なからず就労環境が良くない、或いは過酷な仕事が多いが、そうした仕事に日本人が就きたいのかと言えば、そうでは無いだろう。

