横浜センチュリー

📰Side Beach Journal
下層ページタイトル背景

報道NEWS

DESCRIPTION

報道に関する情報をお届けします。

〚PEファンドの違和感〛セクター分散の仕方などが不自然である⓶

QC視点で見たPEの危うさ

内灘町役場

プライベートエクイティファンドの仕組みがオルカンの非公開市場版に近い以上、参加者が求める安心感もインデックス投資家と一致しやすい。
ただし、最大の違いは出口の狭さにある。

今回観察したニューバーガー・プライベート・エクイティファンドは、一般的なPEファンドと比較すれば、流動性資金を確保している点を強みとしていた。
総資金の約5分の1を流動性資産として維持している設計は、確かに業界内では比較的良心的である。
それでも、出口が狭いという本質は変わらない。
筆者が投資信託、とりわけオルカンに対して根源的な疑問を持つのもこの出口戦略である。
株価上昇をリターンとみなす思想に対し、筆者は一貫して配当や利息のみを利回りと考えている。
株価成長を前提とするインデックス投資は、出口時点で多数の解約者が重なる局面に脆弱性を持つ。
特に20〜30年後、日本の高齢化がさらに進行した時代には、連鎖的な解約需要が顕在化する可能性がある。

投資信託の本当に怖い部分は、入口ではなく出口なのである。

ファンドの「業務改善」とQCの業務改善は別物である

PEファンドの特徴は、投資先企業の経営に深く関与し、利益改善後にM&Aなどで売却益を狙う点にある。

ここで筆者が強い違和感を覚えたのは「業務効率改善」という言葉の定義である。

QC検定2級の知識を持つ立場から見れば、業務改善とはQC七つ道具や新QC七つ道具を用い、工程能力指数や品質指標を改善しながら、現場プロセスそのものを高めていく活動を意味する。

しかしファンドの言う業務改善は恐らくそれとは大きく異なる。

実態としては、リストラや固定費削減を中心としたコスト圧縮が主軸であり、QCストーリーに基づく改善活動とは思想そのものが異なると考えるべきである。このズレを強く感じたことは、今回のセミナーにおける最大の収穫の一つであった。

プライベート市場は、基本的に富裕層向けの市場である。
今回のファンドは最低投資額100万円からと、PEとしては比較的低い参入ラインであったが、それでも日本社会全体で見れば決して低くない。

現在の日本では、100万円の金融資産すら持たない世帯が珍しくない。実際、金融資産の多くを60歳以上が保有している構造を考えれば、セミナー会場に高齢者が集中するのは当然である。

むしろ印象的だったのは、そこに中間世代がほとんど存在しなかったことである。
氷河期世代以降の資産形成格差、未婚率上昇、可処分所得の低下。そうした社会構造の歪みが、そのままセミナー会場の年齢構成として現れていた。
これは単なる金融商品の話ではなく、日本社会における資産階級の断絶そのものを映している。

それでも欧州個別株を続ける理由

今回の副次的な収穫は、欧州株の買付コスト構造を改めて確認できた点である。

欧州株は1銘柄1取引あたり15ユーロの手数料が必要であり、2銘柄同時に買えば30ユーロとなる。決して安い市場ではない。

本来であれば、こうした市場は富裕層向けの金融商品に近い。

その中で、マス層に属する筆者が欧州個別株を積み上げている構図は、ある意味で非常に面白い。

だが、だからこそ意味があるとも考えている。

筆者は今後も欧州株への投資を継続する方針である。
投資信託よりも、個別企業のキャッシュフローを直接保有する感覚のほうが、自身の投資思想に遥かに合致しているからである。
欧州個別株は静かな市場である。
だからこそ、十分な銘柄選定力と保有思想がなければ、手数料負けで簡単に優位性を失う。
私自身がこの市場を好むのは、その静けさと構造に自分の投資哲学が適合しているからであり、万人向けの投資対象とは考えていない。

果たしてオルカンは本当に安全なのか

炎上した「底辺職業ランキング」記事:では自分は就きたいと思うのか

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
ジャーナリズム   2026/05/03   センチュリー・大橋

〚PEファンドの違和感〛セクター分散の仕方などが不自然である⓵

PEセミナーで見えた「富裕層の守り」とオルカンの未来像

「もしかして、この会場で自分が一番資産規模の小さい参加者なのではないか」 そう思わざるを得ない、凄まじい光景であった。 今回、筆者が本セミナーに参加した目的は、昨今の株式市場に漂う強いブルムードを背景に、鼻息の荒い強気投資家がプライベート市場へ流入しているのではないか、その実態を観察することにあった。 ​しかし、実際に会場で目にした参加者層は、事前に想定していた姿とはまったく異なるものであった。 本稿では、その現地レポートを記載する。 プライベート市場への参入を検討している方にとって、一つの参考になれば幸いである。

ブル投資家はいなかった

3月9日の大暴落が歴史的な相場転換点となり、ベア相場への移行として記録されるかはまだわからない。だが、少なくともイラン開戦以前の市場は長期ブル相場であった。

その延長線上で考えれば、プライベート市場にも若い世代のブル投資家が参加していると予想するのは自然である。筆者自身も、参加者層は自分よりやや若い、あるいは同世代を想定していた。

ところが、実際に会場に集まっていたのは、初老から老齢にかけての純富裕層であった。
おそらくマス層(金融資産0〜3,000万円)に属していたのは筆者だけである。

彼らの投資思想は明確に「守り」である。
ただし、単なる資産防衛ではなく、守りながらも安定的に資産を増やしたいという欲求を持っており、その受け皿としてプライベートエクイティ市場が機能しているのだと推測できる。

インデックス投資家の未来の姿でもある

現在のインデックス投資家が一定の資産形成を終えた先に辿り着く姿、それが今回のプライベート市場参加者である可能性は高い。

実際、配布資料に示されたポートフォリオ構成を見ると、その性質は非常に象徴的であった。

北米、実質的には米国が約6割を占めており、構成比としてはオルカンと極めて近い。さらに、情報技術とソフトウェアを分けて記載しているものの、広義にはITセクターに3割程度が集中している構図であり、景気敏感セクターへの偏重もオルカンに酷似している。
つまり現在のプライベート市場は、言ってしまえば**「オルカンの非公開市場版」**である。

だからこそ、退職金運用を考える高齢層や、引退した中小企業経営者、その配偶者層が関心を示すのも極めて自然である。

彼らとオルカン投資家の共通点は明確である。
共通しているのは、ボラティリティを嫌い、長期右肩上がりをある種信仰している点である。

少なくとも現時点のプライベート市場は、インデックス投資の派生形として理解するのが最も実態に近い。

果たしてオルカンは本当に安全なのか

炎上した「底辺職業ランキング」記事:では自分は就きたいと思うのか

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
  2026/04/04   センチュリー・大橋

果たしてオルカンは本当に安全なのか⇒30年後にならないとわからない⓶

オルカンと言う名のタイタニック

写真:館山市のフリー写真素材より

オルカンと言う名の豪華客船は積み立てるだけで全世界株式に分散し、複利効果による資産倍増と言う豪華客船に乗っかるようなものである。
積み立てておけば勝手にコンシェルジュが銘柄選定をし、リスクヘッジまで確実に資産を増やしてくれると言う安心感があるからこそ、自身は本業に専念できると言うようなものであって、銘柄選定の面倒な作業は全てファンドと言う名のコンシェルジュが代行してくれる。

配当は全て再投資に使われるため、キャッシュは増えないが資産は増えると言うのは甘美であるが、裏を返せば「売却(解約)しないとキャッシュにならない」と言うことがネックでもある。
実はこの「痛みに耐える経験」と言うのは、まだ世界的に「誰も経験していない」状態に等しい。
勿論イラン有事に合わせた世界的な株下落を前に狼狽売りしてしまった人もいるかも知れないが、それは30年後に向けた予行練習と思えば良い。
なぜならオルカンと言う名の豪華客船は30年後、氷山にぶつかることは確定しているからだ。

氷河期世代が取り崩しを始め、ゆとり世代が売却を進める時、人口構造は売却>購入となり、需給のバランスは崩れるからである。

確実な配当・利息と言うノアの箱舟

基本的に投資の世界では複利こそが絶対的な正解、得た配当は再投資に回してしまうと言うのが正義として語られることが多いが、下落局面やボラティリティが激しい局面ではや利息と言う「確実なキャッシュ」が正解であることは往々にてある。
2026年3月のように地政学リスクが極めて高い環境下に於いては、株価などいつクラッシュしてもおかしくはない。
例えば株価が100円から50%上がれば150円だが、150円から50%下がると75円になってしまう。
ここから回復させるには100%の上昇が必要だが、イラン有事の時のようにスタグフレーション懸念がされる環境下に於いては、売りが売りを呼び、信用買いをしていた者のマージンコールが発生してしまう。
オルカンは配当もすべて再投資に回してしまうのであるから、株価下落時のダメージは普通に配当を得るより大きくなってしまうのだ。

となれば、いざと言う時に役立つのは配当と言うキャッシュである。
確実なキャッシュさえあれば再投資の時期は自身で選べるし、生活資金に回すことも可能だ。
皆がオルカンの売却に向けて出口へのレースを始める中で、配当と言う堅実なキャッシュが得られることは安心材料でもある。

流石にオルカン一択は危険…3層以上の資産分離をするべきだ

もっておこういったくなどお確かにオルカンは投資信託の一種ではあるが、オルカン一択などと言うのは信じて託すより、神に託す投資神託のようなものだ。
万能のアセットなど存在しないのであるからして、オルカン一択などと言うアセットの組み方は危険である。
大事なことはオルカンすらも過信せず、債券やゴールドを複数混ぜることであり、アセット分散は基本中の基本である。

また、日本人は全般的に米ドルへの信用が厚いが、通貨の安全性と言う点を考慮すれば、シンガポールドルやスイスフランなど、複数の通貨をもっておくことが望ましい。
30年後にオルカンが存続しているかすらが不透明だが、オルカン一択などと妄信せず、オーストラリア国債やノムラMMFのNZドルマネーマーケットファンドなど、複数の商品に分散しておくことが、30年後の資産を守ることである。

Youtubeで社会学を学んではならない3つの理由

少子化の問題は金から始まったものではない

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
  2026/03/20   センチュリー・大橋

果たしてオルカンは本当に安全なのか⇒30年後にならないとわからない⓵

PEが示唆した出口リスク

先日はJTG証券が開催するニューバーガー・プライベートエイクイティファンドのセミナーへ取材してきたが、ブル投資家が多いと予想していただけに実際の会場で待ち受けていたのは「守りの投資」目的で入った高齢投資家であった。

ニューバーガー・プライベートエイクイティファンドの長所として月に1度、解約のチャンスがあると言うことが挙げられていたのであるが、基本的にプライベートファンドは出口が狭いファンドであるため、流動性資金が枯渇すると解約が制限される。>こうしたプライベートファンドと言うのは「ちゃんと資料を読めば」であるが、出口の狭さが分かりやすい。
しかし、プライベートファンドの出口の狭さがわかったからこそ疑義が湧くものもある。

オルカンは果たして大丈夫なのかと。
確かにオルカンはPEと異なり、売ろうと思えばいつでも売ってしまうことが出来る。
しかし、オルカンの目論見書を読むと、出口封鎖リスク自体はしっかり書かれているのだ。

20年後に起こり得るラットレース

1・41オルカンの取り扱いがスタートしたのは2018年10月31日である。
本記事執筆時点で商品としての歴史自体が「たったの7年半」しかない。
本格的に流行ったのは新NISAが出た辺りの話で、この2-3年の世界相場は「オルカン構成銘柄の株が上がる⇒上がるから買う⇒買うから上がる⇒上がるから買う」のパッシブ・バブルである。

ここで多くのパッシブ投資家が見落としている点が20年後の出口だ。
20年後はなんの時代かと言えば、第一次オルカン民と考えられる中期氷河期世代が売りに転じる頃合いである。
その恐ろしさはオルカンと言う商品の持つ「複利(再投資)で資産価格を最大化させる」と言う方式であり、オルカンは売却しないと実利を得られないことにある。
更にオルカンの類似ファンドを扱っているのは日本だけではない。
米国でも英国でも韓国でも似たようなファンドが存在している。

なかでも日韓が悲惨である。

日韓英米の2024-2025年出生率(Gemini推計)
日本 韓国 英国 米国
1.15-1.20 0.72-0.75 1.41-1.53 1.66前後

高齢化率が際立っているのが日本であり、出生率の低さが際立っているのが韓国でる。
第一次オルカン民と推定される45歳前後の人間が定年退職していくのは2045年頃。
30年後には、ゆとり世代の解約が始まる。
オルカンは買い手となる若者より解約をする高齢者の絶対数が多くなるのだ。
こうなれば出口は渋滞、こんな人口構造による市場パニックは人類はまだ経験していない。
正にラットレースの世界である。

30年後の金融危機が約束された恐怖のラットレース

オルカンの商品としての性質、かつ他国における類似商品の派生から、将来の金融危機は約束されている。
我々は2026年現在、パッシブバブルの真っただ中で生きており、永遠の成長と言うナラティブ、買えば上がる⇒上がるから買う⇒買うから上がるのモメンタムにのったパッシブクルージングは30年後に氷山にぶつかるように仕組まれたタイタニック号である。

ひとたび氷山にぶつかればボートを我先にと確保したいラットレースとなる。

Youtubeで社会学を学んではならない3つの理由

少子化の問題は金から始まったものではない

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
  2026/03/14   センチュリー・大橋

Youtubeで社会学を学んではならない3つの理由⓶

動画は感情を支配するA302ZTで撮った川北町

写真:川北町のフリー写真素材

社会学についてYoutubeで学んではいけない理由を一言で纏めるなら「感情を支配される」からである。
同一配信者の動画を見続けている内に感情を支配され、行動はやがて感情に支配される。

特に社会学に関することはホロライブなどのライバーに対するお布施行為とは違い、暴動や事件、政策など現実世界を侵食していくことが多い。
ネットで財務省解体論者と議論になると、少なからず三橋貴明氏の動画を見ることを勧められる。
しかし、中小企業診断士による動画ではなく、経済学の学会やシンクタンクの人間が書いた論文の提示を求めると、返答が返ってこないことも少なくない。

少なくとも大学教育・研究に於いて主流ではない主張の場合、論文を見つけることは容易ではないことも勿論ではあるが、恐らく三橋氏の動画で金融を学んだと言うものは大学論文は読んでいないであろう。
いわゆる、動画を視て主張には賛同したものの、学説的、学術的なことは理解していないのである。

そもそも動画は活字と異なり、発信者の感情データも多く含まれることから、中身は理解できなくとも感情的に納得できれば学術的背景はどうでも良い、と言うことが起きてしまう。

感情を支配される3つのプロセス

動画で社会学を学んではいけない理由は感情を支配されるからである。
感情を支配されるプロセスは3つあり、下記の3つを通り越すと、行動が感情に支配されるように変化する。

1️⃣サムネイルに引っかかる
2️⃣話し方に掴まれる
3️⃣再生を繰り返す内に染まっていく

実際のところ、動画コンテンツは内容の正誤は重視されない。
大事なことは話者の話し方、話すテンポであり、かつ進行のペースは発信者が握っていることから、繰り返し再生をするうちに染まっていくのである。

最初の段階ではまず感情が支配される。
まずはサムネに引っかかると言うのは大きいだろう。
いわゆる解説系動画でよく見られるサムネは黒い背景に刺激色の文字で目立たせるという構図である。
次に話し方が面白い、テンポが軽快などの要素があると、そこで人は引き込まれてしまう。
新着コンテンツが投稿されることで再生を繰り返してしまい、感情はやがて発信者によって支配されるようになる。

そして感情の支配が完了すると、次は感情「に」支配される構図へ変化する。
感情に支配されるフェーズになれば行動に影響が出るため、犯罪リスクが大いに上昇する。
 

感情支配完了-そして人は攻撃的になる

社会学…取り分け政治分野を動画で学ぶ危うさは、視聴者稼ぎに当たって配信者が問題を「単純化する」ことによって得られる視聴者側の「納得感」にあると言えよう。
複雑な問題を単純化させる手法として「外敵を作り出す」と言うものがあるが、一見複雑な問題が単純化されると人は爽快さを感じるものである。
漠然とした不安は確信に代わり、外敵を作り出す手法では不安は憎悪に変化する。
憎悪に取り憑かれた人間が次にやることは何かなど想像は容易く、実際にアメリカでは犯罪となって現れている。

勿論まったく動画を観てはいけないとは言わないが、やはり社会学の勉強には活字こそが最適であり、冷静な思考を磨くためにも活字に触れるべきである。

石破首相退陣が齎す暗雲-国民の選択は逃げるか諦めるか

少子化の問題は金から始まったものではない

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
ジャーナリズム   2025/08/31   センチュリー・大橋

Youtubeで社会学を学んではならない3つの理由⓵

社会学の不確かさ

写真:川北町のフリー写真素材

宇宙の話とは面白いもので、少なくとも同一宇宙内で働く物理法則については、天の川銀河でもアンドロメダでも同一の物理法則が働くと言われている。
言ってしまえばバルタン星でも地球でもゼットン星でも働いている数学的な原理は同じであり、異なるのは数式の記述方法と言うことのみである。
バルタン星人と地球人で数式の記述方法は同じでも、数学的な原理は同じであり、数学は一種の共通言語として機能すると言うことである。

ある意味で、自然科学には絶対の正解が存在し、異なることは誰が見つけてどう記述するかの違いしかないのだ。

では社会学はどうであろうか。
少なくとも地球人とバルタン星人の社会の在り方は異なるであろうことが考えられる。
もちろんバルタン星人はウルトラマン内に出てくる創作上の生物ではあるが、少なくともバルタン星に貨幣と言うシステムがあるかは怪しいし、音楽や文学が存在するかも疑わしい。

しかし、少なくとも地球経済は貨幣•通貨システムによって回っているし、音楽や文学も存在する。
音楽や文学さえ各国毎に特色があり、貨幣システムは金銀銅と言う有形資産に対する価値付けをしていた時代から、現代では「国家の信用」と言う無形資産に対する価値付けへと変化している。

自然科学は物理法則が定められているがために絶対的な正解が存在するが、社会学は少なくとも地球人が中心に回っており、地球人内にも各国•民族の歩んだ歴史の違いや利害の対立があることから、一定の不確かさが存在する。

不確かさが存在すると言うのは人間にとって不快なもので、不確かさを許容することは一種の不快さを受け入れることでもある。
その一方で、不確かさを明らかにしようとするには思考と手間が要る。
不確かさは手間であるが、思考と手間は苦痛であり、これがYoutubeに騙されるであろう人のベースにある。

ゴールポストが動く可能性が高い

「不確かさの存在」と言う意味では「自然科学(数学・物理)にもあるだろう」と言われればその通りである。
ただし、物理法則は予め決められているのであるから、ゴールポスト自体は動かない。
一方、社会学はゴールポスト自体が動く可能性がある。

世の中は絶えず変動していくのであるし、ともすれば経営や政策というのは、あらゆる学問や経験との総力戦である。
絶対の正解はないが、失敗を犯せば致命傷となりかねない。
そして社会全体が不確かになればなるほど「確実な(ように見える)ことを言い切ってくれる他者」を欲されるものである。

これはYoutubeを通して人が騙されていく土壌にある。

VTuberが示している感情扇動性

社会学をYoutubeで学んではいけない理由は概ねVTuber界隈を見れば明らかだ。
VTuberの世界はスーパーチャットと呼ばれる「お布施」を幾ら集めたかが重視される世界であるが、リスナーはリスナーでスパチャによって信仰度を競い合っている。

こうした信仰度を競い合うゲームに参加する過程で感情を支配され、感情に支配される。
Youtubeの危険度はこの点にある。
活字と動画の大きな違いは、ペース配分の主導権が受け手にあるか発信者にあるかの違いである。
活字に於いては読み進めるペース配分の主導権は読み手にあり、必要に応じて速読、精読、複読を使い分けることができる。
一方、動画における主導権は発信者側だ。
特にLive配信になると傾向は一層強まる。

加えて動画コンテンツでは「何を言ったか」以上に「どんな伝え方をしているか」の方が受け手にとっては重要だ。
聞きやすいかどうか、分かり易いかどうかであり、実は正誤はそこまで重視されていない。
これが動画コンテンツの持つ危険な特性である。

石破首相退陣が齎す暗雲-国民の選択は逃げるか諦めるか

少子化の問題は金から始まったものではない

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
ジャーナリズム   2025/08/31   センチュリー・大橋

「マスコミは嘘付きだ!」⇨「真実はネットにある」とする深刻な理由⓶

陰謀論にハマるネット民

一体ネット民は何故に陰謀論にハマるのか。
少なくとも陰謀論にハマるネット民はマスコミ嫌いが多い。
マスコミの報道に対して「こんなことではないはずだ」と言う思いがあるが、しかし対立仮説を立てたり検証を行うことは面倒くさい。
このため「自分の思いを代弁してくれるインフルエンサー」を探すのである。

当然、このインフルエンサーが言っていることも事実に基かないことは多い。
しかし「マスコミは絶対に嘘を吐いている」と言う確たる信念と「マスコミが嘘を言っていることの検証は面倒臭い」に加えて「この配信者は俺の思っていたことを代弁してくれている」と言う自体が重なった時、実は「真実などどうでも良くなっている」のである。
そして行き着く先は陰謀論である。

日本でも産まれる派生アノン

アメリカではQアノンと呼ばれる陰謀論者達の存在があるが、日本でも様々な「アノン」が存在している。
共通しているのは「マスコミが嫌いだ」と言うことと「自らは検証をしたがらない」と言うことである。
また、検証は単に「面倒」なだけではないのかも知れない。
「検証した結果としてマスコミが正しかった」と言うことも充分起こり得るのである。

マスコミが正しかった場合、自らのアイデンティティが崩壊する危険性があることもまた、反証の検証を行わない理由なのかも知れない。
そんな彼らが⚪︎⚪︎アノンに堕ちて行くのは必然と言えば必然なのだろう。

マスコミ否定がもたらす事実否定と反知性主義

尤も、マスコミ否定の為に検証活動をしたとしても、ある程度はマスコミの方が正しいことが多いのである。
と言うのも、マスコミは仮にも「現場」に行き、取材を通して「現実」に触れていることが多いのであるから、ある程度は正しいことが多いのだ。

そのため、マスコミの反証をしようと思っても簡単ではなく、それ故に反証のための検証はとても面倒になるのは無理もないことである。
しかし、それはそれとして「マスコミは違う」と言う思いも止められないことで、自分の中の「真実はこうなっている筈だ」と言う思いを代弁してくれるインフルエンサーを見つけ、スパチャなどをやっている内に、どんどん引けなくなっていくのであろう。

無論、ネットの海から「真実」が見つかることなど殆どない。
少なくとも「政治」と言うジャンルにおいては…。

マスコミを否定するための手段としてのTwitter、Youtube。
そこには取材もデータの収集も検証も何もない。
その行き着く先は反知性主義のそれであり、事態は深刻である。

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
ジャーナリズム   2024/12/21   センチュリー・大橋

「マスコミは嘘付きだ!」⇨「真実はネットにある」とする深刻な理由⓵

ただのマスコミの逆張り

写真:大阪港のフリー写真素材より

東京都知事選挙で暇空茜が11万票獲得し、兵庫県知事選挙で斎藤元彦氏が再選する背景には、マスコミの影響力の低下が考えられる。
尤も都知事選で勝利した小池百合子氏はテレビの女王であるが、斎藤元彦氏の勝利は折田楓氏の尽力などによるネット戦略は、大きく影響していることが見て取れよう。

それにしても昨今の世論の中で恐ろしいものの一つが「マスコミ悪玉論」である。
勿論マスコミを疑うこと自体は悪いことでない。
問題はマスコミを疑う対象としてネットを信じることである。
こうして生まれるのが「思考なきマスコミの逆張り」である。
これがなかなかに深刻だ。

マスコミ悪玉論で思考停止

マスコミ悪玉論を掲げても、その為の材料として自ら取材に出かけ、データを集め、分析をするのならまだ良い。
当たり前だがマスコミが正しいとは限らないからだ。
しかし、自ら検証する工程を飛ばし、ネットに飛びつくのはプロセスとして間違っていると言わざるを得ない。
マスコミの報道が間違っているというのであれば、その反証としては「検証」と言うプロセスを経ねばならない。

ところが多くのネット民にとって面倒なプロセスが正に「検証」である。
検証には大きな労力がかかり、そのプロセスは三現主義に基いていなければならない。
しかし、ネットを前にし、マスコミの報道と言う名のコンテンツを消費しているに過ぎないネット民にとって、正に面倒なプロセスが検証である。
検証はとても面倒だ。
だからやらない。
その代わりとして「ネットで自分の意見を代弁してくれるYoutuber/インルエンサー」を探すことになる。

マスコミ嫌いも自分で動くことと考えることは放棄

TwitterやYoutubeなどでネットメディアが当たり前になり、反マスメディアの感情だけが突っ走ると、気がつけばインフルエンサー信仰の出来上がりだ。
このインフルエンサー信仰は厄介なところとしては、信仰者側のリスク回避行動としてのインフルエンサー信仰がある。

インフルエンサーが生まれるプロセスはよく分からないものであるが、一旦インフルエンサーになれれば大きな収益を生み出すことができる。
例えネットと言えども、何かを発信するのにリスクはつきものだ。
批判されるリスクも負うし、時には個人情報を探られるリスクも負う。
インフルエンサー依存者にとってもノーリスクで自分の意見を代弁して貰えるのだから、これが深みにハマるのである。

検証と言う面倒なプロセスはカットしたい。
そしてリスクを負わずに自分の思ってることを拡散したい。
そうなった時、ネットのインフルエンサーは間接的に自分を肯定するための存在となり、やがてハマることになるのが陰謀論である。

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
ジャーナリズム   2024/12/15   センチュリー・大橋

衆院選2024:日本共産党は何故大惨敗を喫したのか⓶

支持者の高齢化が深刻な共産党

写真:金沢市のフリー写真素材より

では自民党が票を落としたのは何故なのか。
これについては「わからない」としか言いようがない。
ひとつ言えば、高市早苗が総理大臣にならなかったことが、票を落とした要因とは言えそうだが、そうした面々は自民党から日本保守党や参政党に鞍替えしただけであり、大勢に影響を及ぼす程ではない。
それは裏金発覚も同様で、裏金自体は田中角栄が総理大臣をやっていた以前から続いていたことであろう。
残念ながら日本人は法律を重んじる民族性ではないので、裏金自体も多くの日本人には「なんか知らんけどアカンことなんや」と言う程度の認識しかなく、1つ1つの事例は大勢に影響を及ぼすものではないのだ。

しかし、共産党惨敗に関しては以前から存在していた深刻な理由がある。
それが支持者の高齢化である。

政策だけで選挙は勝てない

政策だけで選挙をできたら、恐らく共産党は多数の議席を確保できるであろう。
しかし、選挙結果が示す通り「政策だけでは選挙は勝てない」のである。
寧ろ選挙など「政策以外の面で9割が決まっている」と言った方が正解だ。
これが共産党の支持者には良くわかっていないのである。

少なくとも共産党とその支持者達は「政策が良ければ勝てるはずだ」と言う考え方は一貫して変わっていない。
言ってはなんであるが、彼らは選挙や政治をエンターテイメント化する力に欠けているのである。
確かに彼らは高潔な考え方の持ち主が多いのであるが、悪く言えば潔癖志向であり、宗教や哲学の話はできてもJ-POPやK-POP、サブカルや韓流コスメなどの話はできないのである。

少なくとも現役世代から見て「コイツ話しても面白くなさそう」と思われているのであり、れいわ新選組の得票と比較すれば、そういう面も出てしまっているのだ。

  れいわ 共産
北海道 177,620 169,799
東北 271,855 223,409
北関東 419,511 354,915
南関東 472,519 437,724
東京 451,865 498,565
北陸甲信越 216,659 181,910
東海 506,112 334,599
近畿 557,899 649,195
山陰・山陽 173,622 149,218
四国 95,973 88,224
九州・沖縄 461,425 275,408
合計 3,805,060 3,362,966
候補者数 19人 214人
1人当たり得票数 200,266.32 15,714.794

反面、れいわ新選組は山本太郎からして元芸人であるし、大石あきこも「芸ができる(話したら面白そうな)オバちゃん」なのである。
もう一つ、共同代表として大石あきこを選んだのは今になって非常に大きく作用しており、入院中で表舞台に出れなかった山本太郎に代わって見事に芸をやってみせた。
山本太郎が殆ど不在の中で9議席(かつ当選率47%)を実現できたのは、れいわ新選組が成長途上の組織になったと言っても良い。

支持者が高齢化して衰退途下にある日本共産党は皮肉にも、現在の日本の有様を表す組織となってしまっており、発展の見込めぬ組織として現役世代は共産党を捨てて、れいわ新選組に流れ込んだと考えて良いだろう。

現代化が遅れた組織改革をできるのか

最近の共産党のポスターは少しずつ現代的にカスタマイズされてきてはいるが、しかし組織として根本的に現代化が立ち遅れていることは否めない。
214分の8人しか当選できず、供託金4億円没収という痛手を受けているのは、残念ながら事前の分析の不足も否めない。
れいわ新選組という対比を前にした時、たった1議席の差でも様々な意味が含まれる1議席差になっている。

現在の支持者の顔ばかり見ていては衰退し、滅亡あるのみである。
現存する政党としては日本で一番長い歴史を持つ政党であるが、次の100年を迎えるには大きな構造改革をせねばならず、党として存続するためには「政策以外の面をどのように強化するのか」と言う発想が肝要だ。

政策だけでは選挙に勝てない。
高潔さだけでは人は寄りつかない。
それが理解できない限り、共産党は15年以内には滅亡するであろう。

「都の外郭団体が運営するメルシーの品揃えの悪い!!」

ひぐらしのなく頃に:レビュー

≫ 続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加
ジャーナリズム   2024/10/31   センチュリー・大橋

衆院選2024:日本共産党は何故大惨敗を喫したのか⓵

衆院選2024で惨敗した共産党

写真:金沢市のフリー写真素材より

選挙の結果というのは報道のされ方がだいぶ異なるもので、自民党の減った議席数によっては「自民党惨敗」と書かれることは多い。
衆院選2024でも自民党が惨敗と書くメディアは存在するが、60議席減ったと言っても最大派閥であることに変わりはなく、偽装:無所属であった萩生田光一や西村康稔は当選後、すぐさま会派へ復活した。
惨敗どころか、せいぜい辛勝程度でしかなく、負けてすらいないのに負けている扱いである。

その一方、明らかに惨敗とも言える政党は存在する。
それが日本共産党である。
数字にするとわかりやすいが、214人の候補者を立てて獲得した議席は8なのである。

現役世代から期待されていない

衆院選2024における共産党の悲惨な状態とは裏腹に、議席を伸ばした左派政党は存在する。
れいわ新選組は議席獲得数こそ9席であるが、擁立した候補者は19人しかいないのである。

単純議席数で抜かれた共産党であるが、当選率で見ると3.7%と47.3%で凄まじい差が開いていることがわかる。
また、得票数においても東京ブロックと近畿ブロック以外において、れいわ新選組は共産党を上回っており、殆どの地域において勢力が塗り替わる勢いとなっている。

これは何を意味するのか。
それは、れいわ新選組より共産党が期待されていないということである。

衆院選2024では自民党に期待しなくなった者が日本保守党や参政党に流れ込む自体が起きており、共産党に期待しなくなった者が、れいわ新選組に投票したと言って良いだろう。

確かに裏金を自民党の暴いたのは共産党の成果であるが…

今回の自民党の議席を落としたのは赤旗スクープにより、裏金が発覚したことが原因と見る共産党支持者は多い。
それ故にスクープを出した共産党の議席が伸びないのはおかしいと考える声が散見される。
だが、ジャーナリストとして出す成果が政治家として見込まれる期待とはイコールではないのである。

また、別の側面として「日本人は自民党の裏金が許せなかったのか」と言う疑問がある。
選挙結果を見る限りに於いて、依然として西日本では自民党の当選数は多い。
反面、東日本では立憲民主党の当選者が多く、東西で支持者が大きく分かれた選挙でもあった。

尤も、現在の自民党が薩長の系譜を辿っていることを鑑みれば、西日本で支持が多いことは全く意外ではなく、鹿児島で立憲民主党の当選者がいることが意外でさえある。
現実問題として山口県(長州)は自民党の独壇場であり、少なくとも西日本と言う面で見れば「裏金が許せなかった」と言う結果にはなっていないのである。

よって共産党やその支持者が思う以上に「裏金スクープ事件」は選挙結果には大きな影響は及ぼしていないと言うことが考えられるのである。

  • 「都の外郭団体が運営するメルシーの品揃えの悪い!!」

    ひぐらしのなく頃に:レビュー

    ≫ 続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加
    ジャーナリズム   2024/10/31   センチュリー・大橋